名古屋高等裁判所 昭和32年(う)707号 判決
本件公訴事実の要旨は、「被告人は名古屋鉄道株式会社の電車々掌であるが、同会社の電車運転士岩田任弘とともに、昭和三一年七月二四日午前七時三七分神宮前駅発第七二三号二輛連結普通列車に乗車して車掌勤務に従事し新岐阜駅に向かい西進の途中、同運転士は誤つて、停車すべき名古屋市中川区東出町四四番地内山王駅(現在中日球場前駅)を通過したので、同駅西方約一二〇米の地点において急停車し同地点から同駅に後進したのであるが、このような場合、車掌としては、後方の障害物の有無を確認して信号により運転士を誘導して安全運転を執らしめ、事故発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、ただ信号旗を巻いたまま後方に先行したのみで、同運転士に対しなんら誘導の処置をしなかつたため、おりから後続の第七四五号列車が山王駅に停車していたのにかかわらず同運転士をして漫然後進せしめ、同日午前八時五分ごろ同駅において、同運転士の運転する前記列車後部を右停車中の前記列車の前部に衝突せしめ、その反動により車内乗客を転倒させ、自己電車の乗客、柴井繁勝の左大腿部に全治四日間を要する挫傷、目黒敏郎の頭部に全治三日間を要する打撲傷、新美徳治の右胸部に全治七日間を要する挫傷をおわせたものである。」というのであるが、これに対し原審が被告人に刑事上の責任はないものとして無罪の言渡をしたことは、本件起訴状および原判決書によつて明らかである。よつて検察官所論のように、原判決に、事実の誤認があるかどうか、また車掌の遵守すべき業務上注意義務の解釈に誤があるかどうかの点を案ずるに、本件記録中、被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書、中村通英、柴井繁勝、新美徳治、目黒敏夫の司法警察員に対する各供述調書、原審第三回公判調書中証人岩田任弘の供述記載、当審における証人岩田任弘および同柴井繁勝に対する各尋問調書、司法警察員の実況見分調書、当審の検証調書を総合考察すると、被告人が名古屋鉄道株式会社の電車々掌であること、被告人が同会社の電車運転士岩田任弘とともに、昭和三一年七月二四日午前七時三七分神宮前駅発の第七二三号二輛連結の普通列車に乗車して車掌勤務に従事し新岐阜駅に向かい西進中、同運転士が当然停車すべき名古屋市東出町四四番地山王駅(現在中日球場前駅)を通過して同駅の西方約一四〇米の地点において急停車し同駅に退行せんとして後進の際、午前八時五分ごろ同列車の後部を、おりから同駅に停車した後続の第七四五号列車の前部に衝突せしめ、その反動、衝撃により、前記のように柴井繁勝ほか二名の乗客に対し傷害を与えたことをそれぞれ認めることができ、これらの事実は訴訟関係人間に争のないところである。そこで進んで前記両列車の衝突前後の事情を考察するに、前記被告人の司法警察員に対する供述調書(供述記載の一部)および検察官に対する供述調書、原審第三回公判調書中証人岩田任弘の供述記載、中村通英、柴井繁勝、目黒敏夫の司法警察員に対する各供述調書、司法警察員の実況見分調書、当審の検証調書、それに当審における証人岩田任弘の尋問調書を総合考察すると、運転士岩田任弘は、前記第七二三号列車を運転して神宮前駅を発進し、次の金山橋駅を無事通過し、時速約六〇粁で西進したが、途中準急行と勘違いをして、次に停車すべき山王駅をうつかり通過しかけたことに気付き、同駅ホームの中央あたりで急制動をかけたが及ばず、ようやく同駅の列車停止位置標示の所から約一四〇米西方の地点に停車(列車の前部の位置)したが、満員にちかい乗客が騒ぎ出したのにあわて、また自己の失態を隠ぺいせんがため、即時列車を同駅の列車停止位置標示の所まで退行させようと考え、運転室から降りて線路づたいに後部乗務員室の方に走り、車外から車内の被告人に対し「列車をさげるから後方防護を頼む」と申し向け、被告人との間にいまだなんらの協議が整わないのに直ちに運転台に駆け戻り、時速約六、七粁で退行(推進運転)を開始したので、被告人は驚いて青と赤の手信号旗を巻いたまま手に持つて列車を飛び降り、後続列車に連絡すべく同駅ホームの方向に走つたところ、その途中において後続の第七四五号列車が構内に進行してきて前記列車停止位置標示の所に停車したのを目撃したが、ときすでに第七二三号列車は退行を続けて接近しており、運転士岩田任弘の姿も見えなかつたので、(運転のため車内に顔を入れていた)なんらなすところなく手信号旗を巻いたまゝ両手に一本づつを持ち、東西をきよろきよろ見回している間に前記衝突となり、両列車は連結器により結合されるにいたつた事実を認めることができる。この認定に添わない被告人の司法警察員に対する供述調書中の供述記載部分は前記証拠と対照して措信し難くその他右認定を左右するに足りる証拠は存在しない。しかして右認定のような異例の事態に遭遇して、はたして運転士および車掌の遵守すべき業務上の注意義務はどうか、また被告人らの採つた処置にその義務を怠つたことによる過失はなかつたかどうかの点を審究するに、前記原審第三回公判調書中証人岩田任弘の供述記載のほか、本件記録中、原審における証人伊藤友範の尋問調書、名古屋鉄道株式会社運転心得、昭和二五年一二月二九日運輸省令第九九号、昭和二六年七月二日運輸省令第五五号を総合考察すると、このような場合、まづ運転士としては、車掌と後方防護について完全な打合せをしたうえ、適当な方法で後方駅長(山王駅長)にその旨を通告してその指示を受けるか、あるいは後続列車の乗務員と協議をして同列車の退行の権利を譲り受けこれと重連運転をして退行するか、または後続列車を近距離に退行せしめてのち自己列車の退行を開始するなど、後方防護の安全を確認し、かつ運転席を後部車輛の後部に代えて後続列車との見通しを十分にして退行運転をすることとし、乗客および公衆の生命身体に対する危害の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務のあることが明瞭であるのにかかわらず、運転士岩田任弘は、全くこれらの注意義務を怠り、前記のように乗客の騒ぎにあわて、自己の失態を隠ぺいせんがため、あえて反則運転をした結果、ついに前記衝突をひき起したものであつて、同運転士にその過失責任のあることはもちろんである。
さてしからば、車掌たる被告人についてはどうであるかというに、前記同証拠によると、車掌も乗務列車の従業員の一人として列車運転の安全を図る規範を遵守すべく、業務にあたつては、常に運転士と連絡を緊密にし、打合せを正確にし、相互協力して確認を励行し、憶測による業務をしないようにして、旅客および公衆の身体、生命に対する危害の発生を未然に防止すべき業務上の一般的注意義務のあることはもちろん、本件のような異例の事態に際しては、とくに運転士と後方防護について打合せを正確にし、しかるのち運転士との連絡を緊密にしつつ、前記のように後方駅長にその旨通告してその指示を受けるか、または後続列車に手信号旗を操作して停止を求め、その乗務員と協議をして前記のような安全な退行運転をなすべき業務上の注意義務のあることが明らかであるのにかかわらず、前記のように、被告人は運転士岩田任弘から「列車をさげるから後方防護を頼む」と申し向けられた際、直ちに同運転士の反則運転を制止し、同人と後方防護について正確な打合せをすることが可能であつたのにこれをなさず、また、同運転士が反則運転を開始するや、後方防護のため列車を飛び降り後方駅に向つて走つたものの、構内に進行してきた後続の第七四五号列車に対し、手信号旗によるなんらの信号をもしなかつたことは、前記注意義務を怠つたものというべく、この過失が運転士岩田任弘の前記過失と相待つて本件事故を発生せしめたものといわなければならない。しかるに原審が、被告人の責任の有無について、本件列車の退行の際被告人と運転士との間に退行することに協議がまとまつていなかつたから、車掌として後方の障害物の有無を確認し、かつ信号により運転士を誘導し安全運転をせしめる注意義務はいまだ生じなかつた旨、解釈し、また被告人が山王駅に向つて駆けて行つたのは、自己の列車を停車させたまま後続列車の進行を阻止するため法規どおりの手続すなわち駅長の許可を得るためであつたと推認するに難くなく、途中において後続列車が来たが、その列車は普通列車で当然同駅に停車することがわかつたので後続列車に合図する必要も駅長に連絡する必要もなくなつたものであるが振り向いて自己の列車を見たら、意外にも予期しない退行運転をしてきたことに気付いたが、すでに後続列車に接近していて採る方法がなかつたと認められる旨説示して、たやすく被告人に対し、業務上過失なしとして無罪を言渡したのは、事実の誤認であり、また法令の解釈、適用を誤つたものというべく、これらの誤が判決に影響を及ぼすことは明白であるから、原判決は破棄を免れない。本件控訴は理由がある。
(裁判長裁判官 影山正雄 裁判官 坂本収二 裁判官 水島亀松)